メンバー選考の難しさ


今日は自分が監督を務めている同志社サテライトの練習でした。数年ぶりに指導の現場に戻り、壁にぶつかっている自分がいます。

サテライトチームは京都府リーグと関西学生リーグの2つのリーグに所属しています。重きを置いているのは京都府2部リーグの方で、サテライトチームといえど完全な実力主義で戦いに臨んでいます。努力は評価しない。「結果」のみを評価対象としており、そのことは選手にも伝えています。

一方、関西学生リーグについては自分が役員をしていることもあり、同志社のベンチには入らないと決めています。そのため選手選考も学生だけで決めてもらいたいと考えていました。しかし、個別のメンバー選びは不平等がないよう監督である自分に任せたいとのこと。学生が決めた選考基準を元に自分がメンバーを選ぶことになりました。

そもそもサテライトはトップチームへ上がるための育成の場であるべきという考えは根底に持っています。育成にはある程度実践の経験を積ませることが重要であることは認識していますが、メンバー全員に公式戦の出場機会を平等に与えると、「試合に出れるならサテライトでもいいや」という考えを生みかねない。

そうなるとサテライトチーム全体に停滞感を生むことにつながりかねない。そこで、サテライトにも一定の競争原理は必要であるとの考えの元、社会人リーグは完全な実力主義で臨んでいるのです。

しかし、実力主義を貫くと試合に出られない選手が必ず出てきます。選手はロボットではなく、感情を持った人間であり、メンバー選考から外れると当然のごとくモチベーションが落ちてきます。それは積み重なると不満に変わり、チームの不和を生むことにつながります。

選手には成長するスピードや、タイミングも人それぞれであり、1回生からぐんぐん伸びる選手もいれば、遅咲きの選手もいる。同志社に関わった10年間でざざまなパターンを見てきました。今この時点で結果が出ていないからと言って切り捨てることはしてはならないのです。選手が諦めない限り最後まで付き合う。それが指導者としての責任だと考えています。

だからこそ悩む。メンバー選考は監督として最も苦しい仕事です。TREBOLに入った以上、全ての選手に成功してもらいたい。だけどそうはいかないのが現実。恨まれてもチームのためになるならば、それも喜んで受け入れる。その覚悟が必要なのでしょう。



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